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2807, 2014

光と影

2014年07月28日|Categories: 武蔵新城|

こんばんは。塾長の鈴木です。梅雨も明け、いよいよ夏本番ですね。どんな物事にも、2面性があります。つまり、ある出来事に対し、良い面を見るか、悪い面をみるかということです。良い面しかないものもありませんし、悪い面しかないということもありません。それで、光と影というタイトルにしました。その光を見れば、良い出来事、物事になりますし、影の部分を見れば、悪い出来事、物事になるでしょう。どちらを見るのもその人次第です。

2707, 2014

勉強の仕方がわからない、はない。

2014年07月27日|Categories: 武蔵新城|

こんばんは。塾長の鈴木です。点数が上がる子と上がらない子の特徴の一つに、なんでも、周りの責任にしている子はなかなか上がりにくいです。良く聞くのが、「勉強の仕方がわからない」です。これは、本人が本当にそう思っている場合もあるのですが、実は、「自分は勉強をしたいのだけど、方法がわからないからできないんだ」という自分を守るための言い訳から出ている場合が殆どです。確かに小学生3、4年生位までの場合は本当にあります。中学生以上でそれを言っているのであれば、それはあり得ません。なぜなら、何を出来るようにしたら良いのかはっきりとわかっているはずだからです。中学の試験は必ず試験範囲が出ます。もちろん、本当に予想のつかない問題を出すような先生も中にはいるでしょうけれども、殆どは、学校でやったことを中心に(過去も含みますが)行います。「勉強の仕方がわからない」これは、甘えんぼさんが言うセリフです。なんとか良い点数をとりたいと思っている子は、授業中でも先生の話を聞きますし、勉強もします。「勉強の仕方がわからない」という子ははじめから、自分が勉強をしない理由を親に説明するために言っているのです。「わからない」といえば、「仕方がない」と思ってもらえると思うのでしょう。ただ、その子自身が、それにもし気づけるようになったのなら、大きく成長します。全ては自己責任であるということに気づけるかどうかです。

2607, 2014

読書感想文

2014年07月26日|Categories: 武蔵新城|

こんばんは。塾長の鈴木です。読書感想文の宿題が出たりしますよね。あの手のものは、バカ正直に、「読書の感想文」を書こうとすると書けません。そもそも、そのようなもので書けと言われたら、私もかけなくなります。「感想」だけで文章を書こうとするから書けなくなるのです。あくまで、ある「シーン」について、自分の気持ちを書くのはせいぜい一言です。楽しかったのか、悲しかったのか知りませんが、感情を表す言葉というのは、せいぜい、一文二文程度でしょう。では、何を書けば良いのかと言えば、そのある部分に対して、思い起こした自分の経験を書けば良いのです。そして、その経験と本を読んで、自分の気持ちがどのように変わったかを書くのです。それであれば、いくらでも書くことが出来ますよね。ですので、「読書感想文」というタイトルがかえって書くのを難しくしているように思います。もし、わかりやすいタイトルをつけるとするならば、「読書を通じて~私の経験とこれから~」くらいの方が良いでしょうね。そう考えれば、字数など、何文字でもかけるはずです。

2507, 2014

後をなくす

2014年07月25日|Categories: 武蔵新城|

こんばんは。塾長の鈴木です。なんでもそうですが、後がない人というのは強いです。仕事にしても、勉強にしても良いのですが、自分を追い込めるのであれば、良い結果を出すことが出来ます。窮鼠猫をかむではありませんが、もともと、人にはそのような力が備わっているのだと思います。

2407, 2014

決めること

2014年07月24日|Categories: 武蔵新城|

こんばんは。塾長の鈴木です。人、一人ひとりには、とても大きな力があります。ただ、その力を使っている人もいれば、自分は無力だと思い込み、全く使っていない人もいます。人が力を発揮するには、「決めること」が大切です。ただ、なんとなく、やみくもに頑張る、とかではなく、いつまでにどうする、という具体的に目標を自分で定めてしまう。これをするから、力を発揮するんです。本当は、やってやれないことなど、何一つないんです。自分が自分を信じることが出来るのならば。

2307, 2014

まんべんなく出来ることが良いのか・・

2014年07月23日|Categories: 武蔵新城|

こんばんは。塾長の鈴木です。公立高校などは、学校の成績の総合点で高校を選ぶことになります。つまり、どの科目も、まんべんなく出来ることが良いとされるわけです。人によっては、ある教科が得意とか、苦手とかある人もいますが、そういう人は公立高校を受験する場合は不利になります。殆どの高校において、あまり差別化ということはできていません。単純に偏差値によって、ランク付けがされています。本当は、もっと、「○○系が得意な学校」とか、そういった学校の個性が出ることによって、学校を選ぶことが出来るようになると、学校にとっても、生徒にとっても良いのでしょう。長い将来で見ると、だんだんと、そういう傾向にはなるように思います。まずは、私立からでしょう。私立はある意味企業ですので、保護者と生徒達から支持されなければやっていけません。公立は生徒が少なくなれば、学校自体を減らしていけば済む話ですのでそこまでせっぱつまることはないでしょう。かつて、まんべんなく勉強ができていた子が、20年、30年経ったとき、最高の日々を送っているかと言えば、特にそれも関係ないように思います。何が差をつけるかと言えば、「考え方」かと思います。「物事に取り組む姿勢」というのは、車で言えばエンジンにあたるでしょう。「考え方」はハンドルにあたるように思います。