武蔵新城

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1304, 2022

親は間違いなく必死に、そして真剣に取り組んでいらっしゃいますが

2022年04月13日|Categories: ブログ, 武蔵新城|

武蔵新城スクールの鈴木です。 どの親だって、子供たちには幸せになってほしいと願っています。 ただ、その幸せになる方法が、自分たちがやってきた方法が子供もそうだとは限らないわけです。 限らないどころか、大半の子には当てはまらないでしょう。 その理由は、そもそも時代が変わっていますし、親と子供は全くの別人です。 どれだけ長く接していても、別人格であることは確かです。 それでも、自分の子供に対してはどうしても、失敗して欲しくない、と考えてしまいます。 そういう親も、人前で若い人たちに話す時には、「多くの挑戦をして欲しい(失敗も含む)」などと言ってしまっています。 つまり、頭ではわかっているのです。 失敗しないと学ばないということについてです。 [...]

704, 2022

光るものを持っている子たち

2022年04月07日|Categories: ブログ, 武蔵新城|

武蔵新城スクールの鈴木です。 昨日のブログを書いたあとに考えていたのですが、誤解を招くといけないので、補足します。 従来の勉強が不要だということだけをお伝えしたいわけではありません。 (不要な部分は多いですが) 塾とは何かというところですが、少なくとも私の教室においては、 「子どもたちにとって必要なものを提供したい」 と考えています。 では、子供たちにとって必要なものとは何か、ということですが、純粋にある科目の「点数を上げたい」と思っている子にはその方法を教えます。 ただ、それ以外のことを求めていることも多く、また何かを伝えることが必要な時があります。 その伝える必要があるものとは、子供たち一人ひとりが持っている「光るもの」です。 [...]

604, 2022

親の理解内に子供を押し込めると可能性を摘んでしまう

2022年04月06日|Categories: ブログ, 武蔵新城|

武蔵新城スクールの鈴木です。 スマホとの距離がとれない子供もいます。 そのために、それを取り上げれば何か解決するように思っている親もいます。 ご存じの通り、スマホを取り上げたところで勉強をするようになどなりません。 もちろん、睡眠不足になってしまうのは、翌日を無駄にしてしまう点でまずいので、それは教える必要があります。 子供たちは、ゲームをやったり、動画をアップしたりすることでフォロワーを増やしたりします。 それはこれから生きる上で、まさに必要な能力です。 目の前の勉強は、高校や大学に進むためにある程度は必要かもしれません。 しかし、その勉強をしているからといって、全く安泰ではないことは大人たちは知っているはずです。 昭和の時代に組まれたカリキュラムの勉強がいくらできたところで、東大に合格できたところで、それが身を助けてくれる時代は終わりました。 [...]

1902, 2022

何かを誰かに伝えたいなら、まずは聞くこと

2022年02月19日|Categories: 武蔵新城|

こんばんは。 武蔵新城スクールの鈴木です。 誰かに何かを伝えたいなら、何度も言うことではないんです。 まずは、相手の話を聞くことです。 相手が子供でも、大人でも同じです。 先日、床屋で20代の店員さんから、 「後輩の子たちがなかなか言った通りにやってくれない」 と言われました。 まず、言った通りにやらないから何度も言うとか、怒るのではなく、 なぜ、そのようにやらないのか聞いてみることが大事ですよ、と伝えました。 [...]

1302, 2022

何度言っても覚えないからといって怒っちゃダメなんです

2022年02月13日|Categories: 武蔵新城|

こんにちは。 武蔵新城スクールの鈴木です。 教える仕事に向いている人、いない人がいます。 子供でも新入社員に向けてでもいいのですが、何度言っても覚えないと、 教えている側はイライラしてきて怒ってしまう人が多いように思います。 もちろん、叱ることが必要な場合はあります。 でも、怒ると叱るは違うんです。 少なくとも、教える対象が覚えないからといって叱るというのは間違っています。 それは怒っているだけです。 怒られた側はどう思うかを考えてみたらわかることです。 [...]

2901, 2022

あきらめが肝心(かんじん)、あきらめた先に見えるものがある

2022年01月29日|Categories: ブログ, 武蔵新城|

こんばんは。 武蔵新城スクールの鈴木です。 今日も生徒さんの相談にのっていました。 「学校がつまらない」 そういうときは、「学校は刑務所みたいなもの」だとあきらめることが肝心です。 「学校は楽しいところ」だという期待があるから苦しいわけです。 確かに、周りの子たちを見ていると楽しそうにしていて、自分だけは楽しめていないのではないかと思うかもしれません。 別に学校を楽しむ人がいたり、楽しめない人がいてもいいじゃないですか。 例えばディズニーランド、ありますね。 子供たちの多くが楽しめる場所だと思います。 [...]