自分で考える
こんばんは。塾長の鈴木です。もう、11月も終わりですね。早いものです。よく、教育においては、「自分で考える力を」なんていいます。ところが、普段の定期テストや入試では、「パターン学習」をやらないと点数がとれないように作られています。要は、「自分で考える」ではなく、「言われたことを言われた通りにやる力」。そもそも、学校の授業においても、「自分で考える力」を身につける授業は殆どありません。なぜ、そのようにテストでは「自分で考える」ような問題が出ないかと言えば、やはり採点が難しいからでしょう。でも、それはそれで当然かと思います。そもそも、採点など出来るものではないからです。もちろん、いい加減にやっているか、真面目に取り組んだか、位であれば、ある程度は採点できます。しかし、内容で採点というのは本来できないはずです。かつて、私が中学の頃に、美術の先生が、絵の採点というのは本当は出来ない、ということを言われておりましたが、同じことを言われているのかと思います。暗記中心型のテストはやがて変わってはいくように思います。「自分で考える力」は社会に出てからではなく、やはり学生時代に鍛えられる方が良いわけですし。塾で出来ることとしても、なるべく「自分で考える」ことは取り入れています。とはいえ、授業の時間は決まっていますから、解く時間は決めますが。解いた事のない問題で、生徒さんが自分の力で切り崩した時などは、やはり喜びも大きいですし。社会に出てからは殆どが、「解いた事のない問題」が出てくるわけですし。
勉強する環境の作り方
こんばんは。塾長の鈴木です。中学生でも高校生でも(大学生でも)、家では勉強出来ない、って人多いですよね。私もそうです(笑)。ですので、勉強をするときには、ファミレスに行くことが多かったです。家にいると、どうしても、色々な「誘惑」に負けてしまいますので、集中して勉強出来ないんですよね。その点、ファミレスですと、お昼や、夕食のピーク時間を避けて使えば、落ち着いて勉強も出来ます。よく、ファミレスなんかだと逆に落ち着かないのでは、と言われますが、逆です(私の場合)。なぜファミレスだと勉強が出来るかと言えば、「人の目」があるからです。さぼっていたら、カッコ悪いじゃないですか。で、一度入ったらお金ももったいないから、そうそう、出ることも出来ないじゃないですか。私が良く使ったのは、デニーズでした。他には、コメダコーヒーなんかも、1杯あたりはファミレスより高いですけど、1人用のカウンター席も多いので、ゆっくりできますよね。長野に住んでいた時には、佐久平のデニーズに毎日、明け方から勉強しに行ってました。窓から見える山脈は素晴らしいものでした・・。ということで、家で勉強出来ない人への外で勉強するときの心構え(?)を以下にまとめます。1.お店のピーク時は使わない (お店や曜日によって、ピーク時間は異なります。まぁ、混んで来たら出る、というところでも良いかもしれません)2.寒さ、暑さを調整できる上着等を持っていくこと。3.使う席はなるべく小さくすむように、空いている時間帯に机を薦められても、カウンターに行くようにする4.周りがうるさい時などでも静かに勉強ができるヘッドフォンを持っていく(音楽プレイヤーorスマホなど)
人生に無駄はないが
こんばんは。塾長の鈴木です。前に書いたかもしれませんが、人生に遠回りってないのではないかと思います。例えば、病気で何年も入院していたりしたことのある人は何年も無駄にした、と思うかもしれません。しかし、それは、その人にとって、必要だから起きていたのではないかと思います。もしかすると、その人にとってだけではなく、その周りの人にとって必要だったりも同時にするかもしれませんが。どんなことでも、今目の前の事にベストを尽くす、今やりたいことをやる、そういうことが、人生を楽しむ一つのコツのように思います。一番勿体ないのが、「休日の楽しみのために働いている」人ですね。それは、仕事とその人本人にとって、それこそ、勿体ない時間に思います。
思ったことを言えない人
こんばんは。塾長の鈴木です。良く、「言ってくれなければ、わからない」ということありますよね。この手の言葉を言う人は、自分の思ったことを、まっすぐに伝えることが出来る人です。ところが、そうではなく、思ったことも言えずに、ためてためてためて、キレる。こういう人もいます。こういう人は、おうおうにして、一見穏やかなのですが、言いたいことをためてしまうために、キレるということがあります。どちらが良いとか、悪いとかではなく、単純に人にはいろいろなタイプがある、ということなのですが。さて、いつでも、「思ったことを言える人」からすれば、「どうして、思っていることを言ってくれないのだろう」と思います。なので、「言ってくれればいいのに」となります。しかし、言えない人というのは、「言わない」のではないのです。「言えない」のです。とすれば、その人と接するときには、「言わない人」の言葉を、雰囲気から読みとる、それもやさしさではないかと思います。「言わないから悪い」というのは、ちょっと、思いやりがたりないかな、と思います。人にはいろいろなタイプがいるわけですから、言えない人には言えない人の信号を拾うようにする。これも、一つの人との付き合いかたでしょう。
階段
こんばんは。塾長の鈴木です。何事もそうですが、ステップというものがあります。例えば、100万円を1000万円にできない人が、1億円預かったところで10億円にすることはできません。どんな物事でも一段ずつ登ることの出来る力というのは必要です。基本を学ばずに、応用だけ学びたい、そういうことはできないわけです。
光と影(その2)
おはようございます。塾長の鈴木です。先日、「光と影」ということで、どんな物事も2面性を持つということを書きました。どの部分を見るかで良い風にも見えるし、悪い風にも見えるということです。例えば、「うつ」の人は、どんな物事も「悪い風」にとらえますよね。いわゆる、「自分が世界で一番不幸だ」のような思考を持っていたりします。そうすると、どんな出来事も、全て悪い風にとりますから、ますます落ち込んでいく。もちろん、そういった物事のとらえ方のクセではあるのですが、そういう人が見失ったものが何かと言えば、当たり前のことへの感謝なんですよね。それが出来ないから、どんどん、悪い方悪い方ばかり考える。今、生きている、ただそれだけでどれだけ恵まれているかということにも感謝が出来ない。例えば家があったり家族があっても、全部、自分は不幸だという風に物事とらえるように持っていく。自分は不幸だということ自体が、感謝を忘れているということなんですよね。とはいえ、それもその人にとって、必要なものである、ということもあるのでしょう。人は経験してみないと、わからないものも多くあります。