頭ごなしだとしても
こんばんは。塾長の鈴木です。先日のブログに、「自らが行動」と、「相手の話を聞く」ということを書きました。その中で、「頭ごなしで伝わらない」とも言いました。ただですね、「頭ごなし」だとしても、きちんと伝わることももちろんあります。それは、その中に本当に愛情を持っているからこそ出ている言葉なのかどうか、ということです。「頭ごなし」でも、ただキレてわめいているだけなのか、実は、心は冷静だけれども、本気で伝えようとしているのか、というところの違いです。それと、誰が言うか、というところでも変わってきますね。本当に信頼されている人にだったら、どのようなアプローチであれ、「聞こう」と思いますし。つまりはその伝えようとする人の生き様、信頼にもよってくるということです。
相手の話を聞くことの大切さ
こんばんは。塾長の鈴木です。この前に書いたブログの補足をします。まず、頭ごなしに言ったところで、人はその時は聞くかもしれませんけど、結局聞かないでしょう。なぜかといえば、伝える側がその相手の話を聞いていないからです。まず、誰かが何かを伝えたいのならば、「なぜ、その行動をしないのか」ということを聞き出す必要があるわけです。勉強にしたってそうです。勉強をしない子は、そのやらない理由として、面倒くさい、つまらない、興味がない、わからない、など様々な理由があるかと思いますが、まず、きちんと理由があるんです。そこをまず聞き出して、その理由に対して、さらに「なぜ」を聞く。それを繰り返していくことによって、相手の思っている、「勉強しない理由」が見えてきます。私も勉強を教えていますが、勉強に興味のない子については、まずは話を聞くようにしています。その部分を拾っていかないと、ただ、「やばいよ!やばいよ!」と言ったって、何も伝わらないからです。もちろん、すぐに変わることはなかなかありません。時間もかかります。相手の話を聞きながら、でも、一つずつ伝えていきます。そうすれば、必ずわかってくれます。私は、例え幼児に対しても、尊敬を持って接しています。リスペクトをすると言えば良いでしょうか。なぜならば、たかが何十年か先に生まれただけでエライなどと思わないからです。どんなに幼い子であろうとも、一人の人格者なわけです。私は生徒達の名前を呼ぶ時には、全て敬称をつけます。どんなに慣れた、仲良くなった生徒さんに対しても、私の塾では「君」「さん」をつけます。例え子供であっても、「呼び捨て」で呼ぶことなど失礼でできないわけです。
人を変えたいのならば、まずは自分から
こんばんは。塾長の鈴木です。さまざまなシーンにおいて、人に何かを行動して欲しい時、というのがあると思います。わかりやすい例で言えば、子供が勉強をしない、とするならば、親は子供に勉強をして欲しいと思うかもしれません。通常は、いくら「勉強しろ」と言ったところで聞くことはないでしょう。お互いの主張をぶつけ合うわけですから、喧嘩になるだけかと思います。まず、勉強をなぜする必要があるのか、それを感情的にならずに、子供の言い分を聞きながら伝えていく。大切な事は、相手の言い分を聞くことなのです。そして、もう1点大切なことがあります。例え、親だろうと教師だろうと上司だろうと、いくら上から目線で押し付けて人は動きません。であれば、まず、自分自身も子供の目から見て、「こんなに頑張ってくれているんだ」ということを行動して見せる、ということが大切です。休日に家でダラダラしているお父さんが、「勉強しろ!」といったって、説得力ないですよね。子供は学校や塾、そして休日も部活で頑張っているわけです。子供に「必死で勉強して欲しい」と思うのならば、自分自身も死ぬ気での自分なりの行動を見せる必要があると思います。このブログにも時々書きますが、山本五十六の「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、 ほめてやらねば、人は動かず」(この後に相手の話を聞く、ということも入っています)「言って聞かせて」の前に、「やってみせ」があるわけです。家庭だけでなく塾も同じですし、学校もだと思いますが、人に何かを伝える仕事ならば、まずは「やってみせ」なのです。力で押し付けることではない、私はそう思っています。それに気づけた時、人は変わるのだと思います。
試験
こんばんは。塾長の鈴木です。定期試験も近づいてきますね。その直前は、修学旅行だったりしますので、もちろん、「大変」ともいえます。でも、その直前の修学旅行までにどこまで進めておくか、これが大切なわけです。「修学旅行」があるから勉強できない、なんていうことはあり得ません。「修学旅行」以外の時間、それまでの時間で早め早めに準備を進めれば良いだけです。直前になってから対処をしよう、というのでは間に合わなくて当然ですね。
説得
こんばんは。塾長の鈴木です。子供たちに何かを伝えるときに大切なことは、やはり子供の視点に立つことが出来ることです。正しいとか、間違っているとかではなく、子供の視点から見たときにどのように感じるものなのか。それをまず理解したうえでモノを伝えることが大切なわけです。同じ間違いを何度もする場合は、いろいろ理由はありますが、まず、子供がそのことを理解していない、ということがあります。もちろん、キャパシティの大きい子であれば、「まずはやってみよう」とできますが、どうしても我流にこだわってしまう不器用な子もいます。そういう時にも、例え正しい方法でも、押し付けてはならないわけです。なぜならば、それは子供の視点では、正しいことではないからです。例えば、途中式を省いてしまい、いつもケアレスミスをするような子がいたとします。そういう子に、「途中式は書いて」と言ってもなかなか書かなかったりします。それは、反発をしているというより、その子なりの理由があったりするのです。例えば、「自分は計算が遅いので、書く量を減らして、速く出来るようにしている」などです。そこを聞き出して、「いやいや、頭の中でやろうとした方が実は時間がかかっていて、書かないということはミスが起こりやすいんだ」ということを伝える必要があるわけです。そのため、子供から話を聞き出すことや、または言わない子ももちろんいますので、言わなくてもキャッチする必要があります。押し付けるのではなく、相手の理由を聞いて、説明する。そして納得した上で変更してもらう。こういったことはどんなビジネスでも必要な事ですよね。子供だからといって、押し付けてもダメなわけです。もちろん、いろいろなアプローチがあるかとは思いますが、私自身が押し付けられることが苦手なので、一つ一つ説明していきたい、ということもあります。
本
おはようございます。塾長の鈴木です。早いですね。もう、朝になってしまいました。寝るのがもったいなくて・・。というのは、ホント、いつもですね。最近の夜2時~5時位は、読書とドラムの練習などをしています。ところで、最近検討していることがあります。教室には今は少しだけ本を置いています。ただ、私の書斎にはここ15年位で読んだ本が1500冊くらいあるので、生徒さん達が読めるように教室におこうかと思っています。本はその人の志向が出るので興味が重なるとも限りませんが、自分の家においていても仕方ないですし、もしかすると、生徒さんの役に立てる場合もあるかもしれません。今、目の前のテストや受験の為の勉強を教えるのはもちろんですが、一生使える力を身に着けていただきたい、というのがその本質にはあるわけですから。本を読まない子も多いと思いますが、それは本の面白さを知らないからなんですよね。嫌な本をイヤイヤ読んでもそれはあまり意味がないかと思います。少しでも興味が持てる本に出会えたらそれは幸せなことです。