武蔵新城

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具体的に自分を出す

2015-01-23T19:54:01+09:002015年01月23日|武蔵新城|

こんばんは。塾長の鈴木です。入試でも、就職試験でも志望理由が聞かれます。入試の志望理由は、就職試験の志望理由に比べれば、何倍もラクです。就職試験は、志望理由や自己紹介で採用の可否を判定するのに比べ、入試はあくまで、通常は補助的なものだからです。入試の時に言う志望理由は、皆、「○○が出来なかったので、○○に入学したら、勉強と部活の両方に力を入れていきます」と殆どの子がいいます。それでは、点数の差などつきません。では、どうやって、差をつけるのか?それは、面接官に「来てもらいたい」と思ってもらうことです。その為には、自分を出すことです。そこまでシビアにならなくても入試の場合は良いかもしれませんが、基本は、志望理由にしても自己PRにしても、「あなたは誰ですか」と聞いているだけです。中学生くらいですと、なかなか自分を出したがりません。でも、人に好かれる人は自分を出します。(もちろん、その逆もしかりですが)自分を出すとは、自分だけの答えを出すことです。部活と勉強を頑張ります、では、自分などどこにも出ていません。頑張るという言葉自体があいまいすぎるのです。部活を頑張るというのならば、○○大会で○位を目指す、など、そういうのが自分だけの言葉なのです。具体的に自分を出すこれは、就職面接にしても、入試の面接にしても大切なことです。

2015-01-23T01:51:07+09:002015年01月23日|武蔵新城|

こんばんは。塾長の鈴木です。幼児というのは常に、「今」に生きています。何をするにも「今」といいます。だんだん、歳を重ねていくと、長いスパンで物事を見るようになります。ただ、それが本当に良いことなのか、少し疑問にも思います。もちろん、長いスパンで見る必要があるものもありますが、基本、誰しも「今」しか生きることができません。そういう意味では、幼児というのは、生き方の本質をとらえているのかもしれません。

2015-01-22T02:30:08+09:002015年01月22日|武蔵新城|

こんばんは。塾長の鈴木です。今日は随分と寒かったですね。私の家の方では、うっすらと雪がつもり、あられも降りました。武蔵新城は、全くでしたが。私が住む場所は同じ川崎でも、約20キロ離れていますので、気温も違います。さて、受験シーズンですが、成績を上げるには二人三脚です。講師だけ頑張っても上がるものではありません。もちろん、はじめから勉強に前向きな子もいますが、そういう子は、二人三脚のペースが速いですので、非常にあがりやすいです。当たり前ですが、一番難しいのが、勉強に興味がない子です。いかにその子の気持ちを汲んで、一緒に頑張っていくか。どうやって興味を持ってもらえるのか。ある科目の勉強を教えること自体は誰だってできます。そうではなく、どうやって興味を持ってもらえるのか。そこが講師の腕の見せ所です。

まず、宣言すること

2015-01-21T02:08:47+09:002015年01月21日|武蔵新城|

こんばんは。塾長の鈴木です。なんらかの点数、偏差値を上げようとする場合は、まず、目標とする数値を面談の時に保護者の方に伝えることもあります。実際、今回、ある生徒さんの偏差値が18上がりました。4か月前に、偏差値を10上げます、と言った手前、まず最初の約束は果たすことが出来ました。とはいえ、その子の場合、1年後の入試まで本番はここからですが。どんな目標にしても、数値化すると、非常に実現をしやすくなります。私自身、自分が見ている生徒さんによっては自分を追い込むためにも、具体的な目標とする点数を保護者の方に伝えることがあります。これは成績に限らないと思います。「努力しています」「頑張っています」これでは不十分なのです。はっきりとわかるように、目標は数値化する。これは非常に大切なことのように思います。

使命、思い出しました。

2015-01-19T23:45:01+09:002015年01月20日|武蔵新城|

こんばんは。塾長の鈴木です。先日、自分の「使命」があるから仕事に深みが出る、方向性が見える、人が動く、ということを書きました。私も、自分の「使命」を考えて方向性を決めています。私は、サラリーマン時代であろうと、今においても、「仕事が大好き」なのですが、ふと最近、「やっと、休日だ」というような感覚だったんです。そうですね、例えれば息継ぎをしないだとして、「休日」でやっと息が出来る、ような。妻にも「敦さんがそういうことを言うのは珍しいですね」と言われ、普段の自分と何かが違うと。その原因がわかりました。実は、「使命」を忘れていたんです。夏以降、殆ど毎日、自分自身が15時~22時まで生徒さん達の授業を見るのに手いっぱいで、自分の軸を見失っていました。そもそも、起業して塾を始めるときから決めていた使命、それは、「人の一生のアドバイザー兼サポーターになる」ということです。もともと、問題を解決するのが大好きなんです。そのせいか、友人たちが悩みを持ってきてくれることがときどきあります。もちろん、自分自身にも解決すべき問題が起こります。でも、そういうときは、むしろキター!というくらい、楽しみになります。絶対に解決してみせると。

厄年が楽しみ!

2015-01-19T00:21:56+09:002015年01月19日|武蔵新城|

こんばんは。塾長の鈴木です。厄年は前厄、本厄、後厄と3年にわたってあるのかと思います。厄年というとイメージはあまり良くないかもしれませんが、私は最高に楽しい年だと思っています。それは、前回の厄年(24~26歳)が、大きな変化のある、自分としても、最高の年だったからです。その当時の自分の常識をひっくり返す発見があり、大きく生き方を変えた節目でもありました。「厄年は怖いから、何歳だか気にしないでおこう」、なんて思っていたのですが、ふと、「せっかくだから見ておくか」と調べたら、今年は厄年でした。で、ついでに前回の厄年がいつなのかを見てみて、それが最高の年だったことを思い出し、これはますます楽しくなる、と思った次第です。確かに厄年というのは、大きな変化・発見がある年かもしれません。「厄年だから、何か悪いことが起きるのでは」と考える人もいるのかもしれませんが、「厄年、ウエルカム!」私はそう思います。そもそも、人生において「悪いこと」なんて何一つないと思っています。本当の意味では。もちろん、ショックを受けることなどもあるでしょう。傷つくこともあるでしょう。だからといって、どうということもないと思います。自分にとって、必要だから起きている、ただそれだけかと思います。今回の厄年は、いったいどんな変化・発見があるのか。それを思うとますますワクワクします。24歳からの厄年がロケットの1段目が切り離されたところだとしたら、つぎの40歳からの厄年は2段目が切り離されるとき。どんどん加速できるわけです!

一緒に

2015-01-18T02:42:48+09:002015年01月18日|武蔵新城|

こんばんは。塾長の鈴木です。私たちは普段、授業を通じて生徒さん達に勉強を教えています。そんな時、「○○をやれ」「○○を覚えろ」と言われたところで、なかなかやらない生徒さんもいます。誰だって、そんな面倒なことはしたくないものです。大切なことは、「○○をやれ」ではなく、「一緒にやろう」という姿勢が大切です。もちろん、勉強というものは、自分で問題を解いて、自分で勉強をして、という形を作ることで点数が上がります。そうはいっても、なかなか、自分で机に向かえない生徒さんもいます。だから、授業で、「一緒に勉強をする」ことが必要になってきます。実際、社会に出てからも、先輩がやっている方法を見て学ぶ、ということはよくあるでしょう。「やってみせる」「それを学ぶ」というのは、実は一番高度な学び方ですが、一番、短時間で身に付きます。細かく説明や指導を受けるよりもです。ただ、そうはいっても、勉強にそれを当てはめるのは難しいところもありますけどね。それは学ぶ側に、「学び取ろう」という強い意志がなければできませんので。

背中

2015-01-17T02:40:16+09:002015年01月17日|武蔵新城|

こんばんは。塾長の鈴木です。トライ&エラー、つまりは試行錯誤、ということですが、これが一番成長出来ます。誰しも「成功」しようとします。しかし、その為には、多くの「失敗」が必要です。たくさんの「失敗」をいかにたくさんし、そこから何かを得て、「成功」にするか、ということです。ただ、無策の「失敗」はもったいない「失敗」と言えます。これ以上のない準備をしたうえでの「失敗」というのは、得るものも多く、かつ、「致命的な痛手」にはなりにくいということもあります。人にもよりますが、だんだんと年齢を重ねることで、「物事を詰められる」ようになるように思います。もちろん、小学生の時から、「きっちり詰める」という子もいますね。まぁ、ごくまれですが。殆どの子は、私もですが、小学生、中学生・・と上がってきても、本当に甘いです。そして、大学生、社会人となってもまだまだツメが甘い。30代、40代、50代となっていっても、まだまだツメが甘い。きっと、そのツメを高めるのは、たくさんの経験をすることで、だんだんと高まってきているように思います。親が、子供の甘さに納得がいかないのは、自分が基準になるからかと思います。「なんで、そんなに甘いんだ」と言うよりも、自分が率先して、「見本となる生き方をする」これが大切だと思います。私も自分の子供にそれが見せられているかというと・・・どうかなぁ、と思う今日この頃です。

直接会うことは大切だけど

2015-01-16T03:00:15+09:002015年01月16日|武蔵新城|

こんばんは。塾長の鈴木です。久しぶりの大雨でした。もう少し寒くなると、雪になるのでしょうか。昨日は、本部の代表の方と久しぶりにお会いしたのですが、やはり、直接会うということはとても大切なように思いました。昔は遠隔地の人と話すためには手紙しかなく、それから電話が発明され、今では、インターネットを介したテレビ電話も手軽に出来るようになりました。この先、もっと進むと、遠隔地同士でも、あたかも、本当に会って話しているのと同じような感覚で話すことができるようになるのだと思います。そうすることで、直接会うことが難しい場合でも、あたかも会って話したような感覚で通じ合うことが出来る。直接会うことが大切とはいえども、より、進んでいく技術の一つかと思います。案外、インターネットを介して通話しているだけでも、「あれ、最近会ったよね」という感覚になるのは、人は映像と音声だけでも、「会った」に近い感覚になるからかと思います。

使命は氏名

2015-01-15T02:40:42+09:002015年01月15日|武蔵新城|

こんばんは。塾長の鈴木です。どんなビジネスにおいても、志(こころざし)が基本になります。それをなくして大成することはできないでしょう。そして、それがあるからこそ、物事の判断基準にもなります。また、人を動かすときの原動力にもなります。今、目の前のその仕事は、「何の為にやっているのか」これを見出してこそ、仕事に深みが産まれます。人それぞれの使命、それは氏名と同様にその人にしかない、そして、その人に存在します。