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わかりやすいとは

2017-04-25T17:15:37+09:002017年04月25日|武蔵新城|

こんばんは。塾長の鈴木です。私は、自分の授業が、わかりやすい授業であることと、解くことができるようになることの両方を目指して説明しています。生徒さんが、「わからない」となったときに、いきなり解答を書き始めるというのはNGです。もちろん、科目にもよる部分はありますが、少なくとも、数学はしません。まず、その子がどこまでわかっているのかを確認しながら、手間はかかりますが、一つヒントを出して、一歩進んでもらって、もう一つヒントを出して、また一歩進んでもらいます。そして、解答までたどり着いたら、もう一度、似た問題などを今度は自分ではじめから解いてもらうようにします。生徒さんの理解の歩幅に合わせるということです。集団授業だとついていけない、何を言っているのかわからない、というのは、授業はカリキュラムのペースで進めているからです。みんながわかるようなペースというのは、一般的に遅くなってしまいます。ですので、ついていけない子もいるし、ついていける子もいます。問題がわかるようになるにはステップがあります。1.問題の意味がわかる。2.説明してもらえば理解はできる。3.解説を読んだら自分でわかる。通常は、1、2に重点をおいて、授業では説明します。最後のステップとしての3ですが、中3の入試前や、高校生については、特に応用問題において、「解説を見て、どこがわからないか言って」という風にすることもあります。ただし、それはその子があるレベル以上である必要がありますので、基本的にはこの方法は殆ど使いません。なぜ、そのような方法をとるかと言えば、誰かに解説してもらってわかる、というのでは、自分で問題を解き進めることができないからです。問題集の解説を見ればわかるようになると、自分でも、自宅でどんどん進めていくことができます。そして、解説を読んでもわからないところを聞くようにした方が効率が良いです。勉強に初めから前向きな子ならば、普段から自習で解説を自分で読むと思います。でも、解説を読んでもわからないから見ない、という子も多いのですが、本当は解説を見ればわかる問題というのも多いです。わかりやすい授業は、一つ一つ説明していき、出来ていないところまで戻るようにすればできますが、それと同時に、自分で解き進める力というものも身に着けて欲しいと思います。

質で勝てないなら、量で勝て

2017-04-15T19:55:44+09:002017年04月15日|武蔵新城|

こんばんは。塾長の鈴木です。色々な生徒さんを見ていると、明らかに記憶力が良かったり、理解力が高い、という子もいます。もちろん、その逆に、極端に覚えられないという子もいます。ただ、そういう子ばかりではないです。差はあるものの、基本的にみんな、持っている能力自体は、そこまで差がないことが多いです。でも、圧倒的な勉強量をこなすことができるのであれば、基本的には、かなり良いところまでいけます。一回教科書目を通したり、一回話を聞くだけで頭に入る子は、余裕があるので、勉強ばかりに時間を割くということはしないですね。その能力を使って、別の分野でも力を発揮したりもします。もっとも、そこにあぐらをかいてしまうと、大した結果も出せなかったりします。自分が普通だという認識があるのであれば、勉強なりに絞って、その子の2倍、3倍の勉強をすれば良いです。ただ、勉強の嫌いな子だと、勉強しろと言ったところで、ただ、机に向かっているだけで、ぼーっとしてしまうなど、意味のない時間になることもありますので、一緒に勉強をするという必要があります。でも、もし、その子が、なんとかしたい、と思えたのならば、そういうぼーっとしているというようなことはなくなっていきます。机に向かうから勉強ができるようになるわけではないですよね。教科書なり問題集にかかれている問題が解けるようになるから、テストでも点数がとれるようになるわけですよね。自分は、この問題集と、この問題集は完璧にした、というような、圧倒的な量をこなしていくと、相当力がつきます。タイトルに書きましたが、質(ここでは、もともとの能力という意味で使いました)で勝てないなら、圧倒的な量(できるようになった量)で勝つ。ウサギとカメの話がありますが、先日読んだ、ある芸能人に言わせると、ウサギとカメなんか勝負にならない、むしろウサギは他のウサギと競争しているんだ、と書いてありました。ただ、人の能力というのは、一つだけではありませんから、もし、その勉強という自分が普通だと思う分野で成果を出してみようと思うのならば、それに圧倒的な量で取り組むのならば、何かが得られるはずです。それは、合格だとか、そういう目先のことだけではなく、一生使えるなんらかの力、です。

2017-04-11T20:18:19+09:002017年04月11日|武蔵新城|

こんばんは。塾長の鈴木です。桜の綺麗な時期ですが、少し雨が多くて、ゆっくりお花見ができないですね。春や新年は、新しいことを始めよう、と思う、何か、そういう雰囲気があるように思います。そのときに、大切なことは、その思いで行動を起こすことと、続けることです。行動を起こして3日坊主では、何も変わりません。やると決めたのならば、やり続ける。5年、10年と続ければ、確実に何か予想もしなかったようなものに気づくことができたりすることもあると思います。学生の勉強の場合は、1年、2年などのようにもっと短い期間の場合が多いかもしれません。方向性が正しいのかどうか、それは、自分自身が感じることが出来ると思います。

未来へ続く道

2017-03-19T03:03:45+09:002017年03月19日|武蔵新城|

こんばんは。塾長の鈴木です。明日、明後日は、お正月ぶりの2連休です。きっと、この業界の人はみんなそうなのかなとも思います。さて、みんな、中学生に聞いても、大学生に聞いてもそうなのですが、「将来は、どういう道が良いのかわからない」と言う子たちもいます。私が大学の講義で、「今でも自分の将来については考えている」なんて話すと、「先生の年齢になっても考え続けなければならないのか」なんてコメントをもらったりもします。でも、いいのではないかなと思います。先日のブログともかぶりますが、「今の一秒」の積み重ねが「一時間」になり、その積み重ねが、やがて、「一年」そして、「一生」になっています。「一瞬」の積み重ねが「一生」になっている、ということですね。その「一瞬」をどう生きれば良いかといえば、「自分に正直に生きる」ということだと思っています。「本当は違うのに」とか、「周りの目があるから」というのは、自分の生き方ではないでしょう。きっと、ストレスもたまると思います。ストレスというのは、「自分の生きる道」とそれたときにたまる、「指標」のような気がします。自分が自分らしく生きる、なんて陳腐な言葉かもしれませんが、自分が自分らしく生きているかどうかを確認することも大事なのかな、と思います。私も20代のころは、何か、一生の大きな目標をもたないといけないのでは、とも思っていました。かつて、ソフトバンクの孫さんも、「みんな、目標をもたないから、同じところをぐるぐる回るんだ」とも言っていたように思います。何が正解だとは思いませんが、その人にはその人の正解があるのだと思います。本当は、その正解は、自分自身がみな、気づいてはいるものだと思います。ただ、中学生くらいだと、まだ難しいかもしれません。なぜなら、自分の考えと、自分とを切り離してみるのがまだ難しいと思うからです。でも、そんな難しいこと考えなくても、自分の感覚が自分の内側から来ているものか、それとも、周りにみせるために来ているのか、その区別はつくと思います。

未来じゃない、今だ

2017-03-10T02:37:55+09:002017年03月10日|武蔵新城|

こんばんは。塾長の鈴木です。将来、○○するために、今は○○を頑張る。この方法をとるのは、なかなか難しいように思います。レースにおいて、○○秒を目指す、ということはあるとしても、走っている最中に見えるのは、今目の前の景色だけだと思います。そして、自分がコントロールできるのは、その「今」しかないと思います。その「今」をどうするかで、「結果」というタイムが得られます。勉強も同じだと思います。目標を持つのか、持たないのかは人それぞれですが、対処できるのは、「今」その瞬間だけです。「明日から」という人に、「明日」は永遠に来ないと思います。「言い訳」を考えている暇があるのならば、「今」すぐに「行動」しなければ自分の望む「明日」は来ないのだと思います。

目的は合格だとしても

2017-03-04T19:14:16+09:002017年03月04日|武蔵新城|

こんばんは。塾長の鈴木です。塾に通ってくださる生徒さんの目的は、志望校への合格かと思います。ただ、それ以上に意識しなければならないことは、その子にとって、何を提供することが重要なのかを見抜くことです。中には、日ごろから勉強もするし、テスト前も取り組む、そしてテストの点数も良い子もいます。でも、そうではなく、とにかく勉強が嫌いだという子も多いです。勉強が嫌い、と一言でいっても、いろいろな形があります。例えば、なかなか、勉強の方法などを伝えても伝わらない子もいます。「わかってる」「知ってる」「やってる」多くの場合、「やってない」です。点数が取れているのなら、わざわざ余計なことは言いません。でも、やらない子は、やらないなりの理由があります。本当の意味で、「勉強の方法」がわからない子はいないと思っています。でも、「わからないから出来ない」と思っている子は多いです。そうしたときには、当たり前の勉強方法を、一つずつ、一緒にやっていくしかないです。でも、何か伝わらないときには、伝わらない理由があると思っています。生徒さん達が、10年前後の生きてきたなかで、彼ら、彼女なりの「哲学」があります。その「哲学」を見ながら、生徒さんの目標に向かって進むことが大切なのだと思います。

寄り添うこと

2017-02-24T21:56:53+09:002017年02月24日|武蔵新城|

こんばんは。塾長の鈴木です。生徒さんにもよりますが、特に勉強が苦手な生徒さんには、まず「寄り添う」ことが大切です。どういうことかと言いますと、「同じ視点でものを見る」ということです。教えているときに、生徒さんがわからないときに、「え?こんなのもわからないの?」なんて言ってしまっていたら、それは、寄り添っていません。「わからない」から通っているんです。生徒さんの視点で、その問題がどのように見えているのか、そこまでを考えながら教えることを心がけています。とはいえ、「寄り添う」というのは、なかなか、難しいことかもしれません。昔教えていた生徒さんで、英語で、next week(来週)や、last week(先週)といった言葉を何度やっても覚えられず、問題を解けなかったことがありました。実は、その子は、中学生でしたが、「来週」や「先週」の日本語の意味が実はわかっていなかったのでした。つまり、「来週の木曜日っていつ?」といわれても、わからなかったのです。そんなときに、「え?そんなの知らないの?」なんて言ってはならないです。「OKOK。来週っていうのはね、~」とまず、カレンダーを使って、説明をしました。でも、そんな子も勉強に取り組むようになり、春から大学生です。色々な生徒さんがいます。その子なりの悩みを解決するのが、塾の役割だと思います。まだまだ、出来てはいないと思いますが、そういう思いで塾を行っております。

いよいよ

2017-02-14T23:27:11+09:002017年02月14日|武蔵新城|

こんばんは。塾長の鈴木です。中学入試、大学入試は既にはじまっていますが、公立高校の入試はいよいよ明日ですね。面白いもので、その年その年の学年のカラーというものがあります。同じ年というのは、当然なく、結果ももちろんなのですが、彼ら、彼女達に、何を伝えられただろうか、何の役に立てただろうか、と思います。受験した全ての生徒さんが合格という年もあれば、そうはいかない年もあります。どうあるべきなのか、どう接していけばよいのか、1人として同じ生徒さんはいないわけですので、何年経っても、難しいものだなと思います。何はともあれ、明日は自分の出せる最高の結果を出してきて欲しいと思います。

人のせい

2017-01-27T01:24:09+09:002017年01月27日|武蔵新城|

こんばんは。塾長の鈴木です。濡れ衣を着せられると、誰しもイヤな思いをします。大切なことは、自分が、他人に濡れ衣を着せていることがないか、ということです。つまりは、「○○のせいで」という感覚です。もし、そういう感覚があるときは、自分は正しい、という気持ちによってしまっている、という判断基準にもなります。気持ちというのは、バランスの上に成り立っているようにも思います。

惰性になったら終わり

2017-01-16T16:01:54+09:002017年01月16日|武蔵新城|

こんにちは。塾長の鈴木です。ある20年以上続いていた漫画を読み、そのあとがきには、「惰性になったら終わりにする」という気持ちで取り組んでいたとありました。これは仕事について特に言えることかと思います。仕事というのは、10年、20年、30年・・という、長いスパンで取り組むものです。組織が大きければ、多くの仕事は、「惰性」でも給料がもらえることがあるかもしれません。当たり前ですが、「惰性」で良い仕事ができることはありません。「惰性」になってしまうのであればやめる、という覚悟で臨むということはどんな仕事でも必要なように思います。