gakurinsha

Home/gakurinsha

About gakurinsha

This author has not yet filled in any details.
So far gakurinsha has created 1407 blog entries.

主体的が強い

2015-03-29T02:53:32+09:002015年03月29日|武蔵新城|

こんばんは。塾長の鈴木です。何事もそうですが、自分自身で、「主体的」に取り組むのと、「誰かが言うから」などと取り組むのでは、結果が全く変わってきます。小学生などは、なかなか、勉強を自分の為、ということをとらえることができません。(たまに中学生でもいたりしますが)親が行けというから、塾にいく、なんていうのだとなかなか成績は上がりにくいです。結局、自分の為に自分が勉強するだけなのです。それに気づいた人から成績はどんどん上がりやすくなります。勉強に限りませんよね。なんでも、「他人」や「周りのせい」にしている人は成長しません。全て、「自分に責任がある」これに気づけるかどうかで、人生も変わってきますね。

偶然はない

2015-03-27T15:04:24+09:002015年03月27日|武蔵新城|

こんにちは。塾長の鈴木です。いつも思いますが、「偶然」は何一つないように思います。もちろん、「偶然」の定義にもよるかもしれませんが。とりあえず、本当の言葉の定義はおいておいて、おそらく一般的な意味な意味では、「たまたま」というところで、「必然」の反対の意味、というところでしょうか。もし、本当に「たまたま」なんていうことがあるとするのならば、それこそ、「不公平」のような気がしますし、自分ではどうしようもない、ように思います。でも、それぞれの出来事が「必然」だと考えると、その人なりの対処、今後への対策が作れるようにも思うのです。入試でも宝くじでも交通事故でも出会いでもなんでも良いのですが、いわゆる、「ハプニング」というのは、自分の想いがなんらかに関わっている、と思う方が、面白いように思います。もちろん、誰だって、明日起こることすら予想は出来ないことには変わりませんが。

春期講習開始!

2015-04-05T18:40:58+09:002015年03月26日|国立|

日頃、力いっぱいに走り回っている新3年生の子どもたちが、まるで別人?のように、まっちゃん先生の授業に集中しています。「やればできるぞ!」と心から応援しています。今日から4日間。休まずに、体調も整えて参加してくださいね。

期待と不安

2015-03-26T02:57:29+09:002015年03月26日|武蔵新城|

こんばんは。塾長の鈴木です。皆、もう春休みですね。春休みは短いですが、新しい学年も始まりますからそれも楽しみかと思います。桜もちらほら咲き始めるころです。良く、新しく入学する場合などは、「期待と不安をかかえ」なんていいますが、期待と不安というのはある意味同じ意味なんですよね。単純に物事をどの面からとらえるかということです。まだ見ぬ、未知のものに対して、プラスに見れば「期待」、マイナスに見れば「不安」どちらも同じものをとらえていますが、その人がどのようにとらえているかで変わるものです。これが面白いもので、その人のとらえ方で、その後の結果が変わったりする、なんてことも良くありますね。であれば、楽しみにした方が良いに決まっています。で、マイナスにとらえることについては、腹をくくれば良いのです。

摸試の受けっぱなしは時間の無駄

2015-03-25T01:55:17+09:002015年03月25日|武蔵新城|

こんばんは。塾長の鈴木です。卒業生(小6、中3)でない子たちも、もう春休みですね。教室によってそれぞれかと思いますが、こちらの教室では、特に春休みに授業をたくさん入れるよりも、春休みに授業コマを購入しておいて、テスト前に主に使う、という形のほうが多いです。その理由は、春のパックコマの単価の方が通常の1コマずつ追加するよりも単価も安いので、お買い得ですし。また、試験直前の3週間くらい前から各科目に振り分けて取り組むことで密度の高い授業も行えるということもあります。もちろん、普段からコツコツと積み上げることができれば、一番良いですね。ただ、誤解してはならないのが、コツコツというのは長時間机に向かうことでは全くありません。机に向かっていても、ただ、何かを書き写すなど、無駄なことをやっていれば、それはただの指の運動になってしまいます。勉強をやった気分になれるものと、本当の勉強とでは大きな差があります。皆、○つけはすぐしたがりますよね。でも、問題を解いて○つけするだけでは、はっきりいってそれは時間の無駄でしかありません。○つけをして、「どこを、どのように間違えて、どのように対策をするか」まで考えて行わないと意味がないのです。よく、摸試をうけて受けっぱなし、という人がいますが、あれこそ時間の無駄というものです。

カン

2015-03-24T02:04:03+09:002015年03月24日|武蔵新城|

こんばんは。塾長の鈴木です。多くの場合、子供の抱えている問題というのは、大人であれば、解決できるということがあると思います。それは、大人の方が自由だから、といったことだけでなく、気持ちの面で、自由だから、ということのようにも思います。自由というか、選択肢が多いから、という風に言えますね。なぜ、そのように選択肢が増えたかと言えば、それなりに経験を積むからと言うことが出来ます。誰しも、それぞれ必要な階段を登ってきているわけで、そして、多くの失敗をしているからです。失敗をしているから、解決策もその数だけ知っているわけです。日本にはありませんが、「長老」などと呼ばれる人がいて、様々なことを解決したというのは、それこそ、経験が豊富だからということになるでしょう。もっとも、経験だけではないですね。ただ、経験だけで物事が解決できるのならば、それはコンピュータの方が得意でしょう。過去の事象と解決策のデータベースを作れば良いわけですから。ある程度、そういったものも出来てはくるでしょうけど、人には「直感」というものがあります。本当のところ、経験もありますが、「直感」という部分との組み合わせで物事は解決されていくように思います。

何もしないと「疲れる」

2015-03-22T21:35:28+09:002015年03月22日|武蔵新城|

こんばんは。塾長の鈴木です。何かをして「疲れた」ということはあると思います。しかし、何もしなくて「疲れた」ということもあるように思います。よく、出張で遠方までの日帰りで「疲れた」と言いますが、私は、自分でも良く体験していましたが、その「疲れた」ということがわかりませんでした。たとえ、交通の便が悪く、片道5時間くらい新幹線や特急を乗り継ぐ場所であったりしたとき、日帰りのときもありました。(場所によっては、飛行機と殆ど時間が変わらない場所もあるのです)そうしたときは、移動中にいくつかの資料を作ったり、本を何冊か読んだりしていますので、全く「疲れる」という感覚はありませんでした。しかし、今日、何時間か、車での移動の為、読書も何もできない状況でした。(私は車で本を読むと酔ってしまうのです・・)そうすると、かえって疲れるんですよね。つまり、飛行機や新幹線の中で、様々な事をするということが実は疲れないようにしていることなのかと思います。「何もしないと疲れる」不思議ですが、これもありますね。つまり、人は適度に何かをするように作られているということなのかと思います。

足して2で割ったのは答えか?

2015-03-20T15:39:08+09:002015年03月20日|武蔵新城|

こんにちは。塾長の鈴木です。色々な物事において、意見が割れる、ということがあります。そうしたとき、その意見の間をとって、解決する、ということがあるかと思います。例えば、ある建物を保存するか、もしくは解体するか、とするとき、間をとって、「半分の高さで残す」など。霞が関近辺を散歩してみても、建物自体は新しいのに、「腹巻き」のように昔の建物の一部を撒きつけているものなどもあります。これも、「歴史的建物」を残したい、という思いと、「新しいものを作ろう」というところの、「折衷(せっちゅう)案」でしょう。そういった建造物が海外の人からすると、異様なものに感じられる、ということを聞いたことがあります。「間を取る」ということが良いとか、悪いとかではなく、それも一つの案であり、それが「和」という文化に思います。

クラス

2015-03-20T02:41:37+09:002015年03月20日|武蔵新城|

こんばんは。塾長の鈴木です。小学校もあちこちで卒業式ですね。小学校から、中学校というと、やはり結構大きな変化があるように思います。思い返してみれば、「クラス替え」とかありますよね。大人になると、そういった、「強制的なチーム作り」みたいなものはなくなりますが、誰と一緒になるかわからない、そのワクワク感というのも良いかもしれません。大人になると、基本的に選択できるようになるところが違うかもしれません。会社であっても、自分で選ぶわけですし。もちろん、部署の配置替え、というのはあり得ますが、クラスの方がどこか、もっと密な関係だったように思います。今、生徒さん達から色々話を聞きますが、その「クラス」という概念は、小中高だけの特別なものかもしれません。そもそも、全員が同い年というのも本当に特殊な集まりですし。

自分に合う

2015-03-19T03:16:40+09:002015年03月19日|武蔵新城|

こんばんは。塾長の鈴木です。本当に最近は温かく、花粉三昧ですね・・。まぁ、部屋の中であれば、比較的なんとかなりますが。その人に向いている仕事というのは、その人がその人らしくいられるものかと思います。もっとも、その人がその人らしくいられない仕事であれば、きっと、ストレスで身体を壊してしまうこともあるのかもしれません。もっとも、それは、本当の自分からのメッセージということになるのだと思います。自分の学生時代の友人たちなど、回りを見渡すと、皆、それぞれ、自分に合った、仕事についているような気がします。